読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

この日々があとどれくらい続くんだろう

死にたいなって思うけど
勘違いだったりする

それでも
いま老衰で死ねるけどどうする?
って聞かれたら
半分以上気持ちもってかれる

この日々があと何十年続くんだろうか
これ以上どれくらいつらい日々になるんだろうか
イライラするけど感動も悲しくもない
イライラするから灰色とも言えない日々に踏み入れてもがいて
これがあとどれくらい続くんだろう
どうやったら楽になれるんだろう
どうでもいいことで気を遣って
どうでもいいことで笑ったふりして
可愛い娘と話せばイヤイヤ話してるんだろうなと思って

泣きたいと思うけど
泣けるコピペくらいじゃなけなくて
もやもやした気持ちが晴れず
中途半端な日々の中にずっといる


やる気でないけど焦る

勉強したいものはあるけど継続できる気がしない
やりたいことはあるけど近くにない

気付けばまたひとつ年をとっていくただそれだけ

優劣の価値観

自分が得意だと思っていたことを、よりにもよって好ましく思わないやつが自分より要領よくこなしてしまうことがある。
そんなとき、その形容し難い感情はどうしたらいいのだろうか。
自分のためにやっていることであって、他人のためにやっていることじゃない。
自分がいいと思えばいいはずなのだ。
いいはずなのだが、心持ちは良くない。
誰に負けないニッチなところで勝とうと思っても、そんなところに注力する力も湧かない。
ただ単に悔しいというわけではない。諦めなきゃならないという気持ちもある。
ただできることなら負けたくない。
くそったれ。

まともに生きることを諦めたい

仕事をしていると
さも元気があって
向上心があって
礼儀正しく
明るく
上司にはへこへこ
お客にはニコニコ
後輩には無礼講
相手を思いやり
職場を大切に思い
仕事熱心で
目標があって
心が強く
体がタフで
理不尽にも耐えられる

そんな人間として求められている気がするが
このうちどれでも
3つ要求されれば疲れてしまう

それもそのはず
小学生の頃から学校、友人との約束問わず遅刻魔で
高校中退→フリーターニートの黄金のコンボ
何をやっても疲れてしまって動悸がしてくる
人と接すれば拒絶か依存しかしらない

その人間が10年経てどまっとうな人間になるはずなどないのである

なんとか返事だけは元気よくしているつもりだが
もともと人と関わりたくない
関わるなオーラを出していると
それが周りに伝わるということで批難を受ける
だって近づいてほしくないんだ

職場に限れば周りの人間全てが気持ち悪く感じてしまい
最近は声を聞くのもうんざりする

そもそも
一人で仕事をするための底力をつけるために組織に属しているわけだけど
たいしてその意味がわからなくなってきた

一人で仕事をしたいのに組織にいたのではいつまで経っても一人で仕事をできないのでは?
海で泳ぎたいけど水が怖いから陸でクロールをしているのと何が違うのか

一人で仕事をすれば人間関係もシビアになるだろうし責任だってひたすら重くなる
それと引き換えに今の境遇を捨てられるかということだ
むしろそうなったときのためにいま何ができるか

一人で何をやって食っていくつもりだったのか
いまの仕事に必死になっててそのことを忘れていたが
お金を稼ぐ手段を持っておかないとならないな

なんでもいいけど人間死ね
とくに職場とそれに関わる人間全員死ね
いや、たぅた3匹でいい
ハツカネズミと養豚とハゲ丸
明日にでも消えていてくれ



岩手県山田町の50代職員

岩手県山田町の50代の職員は、津波被害に遭い、家族を亡くしながらも農地の復旧を進めていたが、仕事への悩みをつづり、自殺した。

この出来事には現代の闇が含まれている。
国にお金がないこと、精神的な回復も図れず交代要員もいないまま働き続けること、そのつらさに周りも気付きながら何もできないくらい周りも追い詰められてること。

福島では、止まっても支障のない原子力発電所が制御不能となった。

仕事仕事と生き急ぎながら、助けも求められず死んでいくのなら、人工知能が発達して人間の仕事を奪うほうがまだマシではないだろうか。

死にたいとすら

仕事と生活に人生が支配されるようになってから
感情の振れ幅が固定されてきたように思う

川の流れる音に自然を感じたり
しんしんと降り積もる雪にわけもなく高揚したり
夜の暗闇に哀しさと浸ってみたり

そんな感情を忘れてきてる
ひたすらに他人をうるさく感じる感情に心が盗まれてしまって

家に帰れば今日あった嫌なことをリセットするためにひたすら飲んで食べてる

最近怖いのは
死にたいって思う感情すら抑えつけてるんじゃないかって感じること
仕事を始めるまでははっきりと感じることができた感情だったし
この感情を支えにしてつらいことを乗り越えてきたと思ってる
ずっと一緒にいた感情だったはずなのに
最近はあまり顔を見せなくなったと思う

死にたいの気持ちをバロメーターにして
感情の支えにしてきたはずだった
それがいなくなってしまって
不安やプレッシャーを吸着してくれる物が自分の中になくなってしまった
だからそこかしこに不安やプレッシャーが散らばってる

いつでも死ねる
死という逃げ道がある
だからやれる
そう思ってたんだけど

死にたくなくなったってことなのか?
何があって?
仕事が面白いわけでもなく

仕事中感情を殺しているから
死にたいの気持ちも一緒に死んでしまったんだろうか

生きたいわけじゃない
惨めな自分に悲しくなるだけ
恥を晒しながら生きることはつらすぎる

ただひとつ救いなのは
木がところ狭しと並ぶ深い森を前にすると
不思議と安心する
怖いはずなのに
見たくもないはずなんだけど
この森の何処かの木で誰かが最期を遂げてるんじゃないか
この森の奥には見たこともない神秘と死ぬほどの絶望が隠されてるんじゃないかって
現実を忘れさせて別世界の妄想を与えてくれる

少し安心する

いつかとりかえしのつかない失敗をする現実に
なんの希望もなく
どこから湧いてるのかわからない風前の灯火のような気力を振り絞りながら生きることは
疲れたんだよ

人間とのやり取りとすりかえる

仕事をしたくなさすぎる
職場の人間と関わっていくことは不快感が多すぎる
仕事辞めたいというのも人間関係から逃れたいというすり替えだ
新しいことに挑戦したいとかではない

最低週5日、普通よりも嫌いに近い人たちといる
そろそろ耐えられないんじゃないか
どうやって暮らしていけばいいのか
むしろ暮らしていかなければいいのか